富士山世界文化遺産の構成資産25か所を一挙公開!

世界文化遺産,構成資産

富士山世界文化遺産を形成するのは25か所の”聖地”。

古代より、富士山はその山頂だけでなく奥深い山の懐から大きく広がる裾野に居たり、すべてが聖地でした。

また、その雄大な山体の至る場所に、特別な意味を持つ”聖地”が存在し、それら全体で富士山という一つの壮大な世界観が形作られました。神社・湖・湧水・溶岩洞窟・巡礼の路…。そんな聖地を代表する場所は、「富士山世界文化遺産」の「構成遺産」にも登録されています。

富士山に流れる遥かな時をさかのぼり、かつての巡礼者のように、順を追って聖地を巡ることで、世界に誇る日本の宝「富士山」の本当の姿が見えてきます。

1. 構成資産とは。
2. 【荒ぶる山と美の源泉】
西湖・精進湖・本栖湖・白糸ノ滝・人穴富士講遺跡・三保松原

3. 【信仰の芽生え】
河口浅間神社・河口湖・冨士小室浅間神社・山宮浅間神社・富士山本宮浅間大社

4. 【信仰の大衆化】
旧外川家住宅・旧小佐野家住宅・北口本宮浅間神社・富士宮口登山道・御殿場口登山道・須走口登山道

5. 【水の霊場巡り】
忍野八海・山中湖

6. 【山頂へ至る道】
吉田口登山道・船津胎内樹型・吉田胎内樹型・山頂の信仰遺跡群

7. まとめ

1. 構成資産とは。

構成資産とは、富士山が「信仰の対象」および「芸術の源泉」となった価値を具体的に証明できる文化資産のこと。山体だけでなく、古より富士山と関わりを持つ周囲の神社や登山道、風穴、溶岩樹型、湖沼などがあります。

世界文化遺産としてふさわしい価値を有している、富士山の構成資産の25か所すべてをご覧ください。

※1/1-1/9は「山体及びそれと一体化した範囲」として、まとめて構成資産の一つに数えられます。

2. 【荒ぶる山と美の源泉】西湖・精進湖・本栖湖・白糸ノ滝・人穴富士講遺跡・三保松原

富士山が世界遺産に登録される際に、麓を取り巻く富士五湖も構成資産に含まれました。その理由は富士山誕生時まで遡ります。古代の富士山を旅すれば、火の山として、水の山として奇跡的に誕生した富士山の壮大なスケールを感じることが出来るでしょう。

1/7. 西湖

西湖,構成資産

青木ヶ原樹海に隣接する西湖の周辺は、富士山の噴火活動が湖と森を誕生させた頃の太古の風景が今も息づいています。鏡のような湖面に”逆さ富士”を映すこともあります。山梨県指定の天然記念物、フジマリモの群落地である西湖はもともと魚のいない湖でした。しかし、ヒメマスの放流に成功すると現代ではヒメマス釣りが西湖のレジャーの一つとなりました。

1/8. 精進湖

精進湖,構成資産

精進湖は、周囲が約5㎞と富士五湖のうちで一番小さいことが特徴です。最もプランクトンが豊富でそのぶん透明度は浅く、湖水は緑色をしています。知名度はあまり高くありませんが、実は「東洋のスイス」として多くの観光客に注目されています。観光開発が進められていない分、大自然をありのままに楽しむことが出来ます。

1/9. 本栖湖

本栖湖,構成資産

本栖湖は江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎の冨嶽三十六景など、絵画や文学作品にも描かれています。さらに富士五胡の中で最も深く、瑠璃色の湖水と称される本栖湖の逆さ富士は年に数回ほどしか見られないほど美しいのです。本栖湖は水深があるので、カヤックやダイビングなど、様々なウォーターアクティビティを楽しむことが出来るスポットでもあります。

24. 白糸ノ滝

白糸ノ滝,構成資産

アーチを描く幅200m、高さ20mの大岩壁を、滝が数百数千の筋状になって流れ落ちます。滝の上に川は無く、水量のほとんどが富士山に降った雨雪がミスを透しやすい溶岩流に染み込みます。不透水性の溶岩層との間を縫って長い年月をかけて湧き出しています。富士講の開祖といわれる「長谷川角行」が水行を行った場所としても有名です。

23. 人穴富士講遺跡

「人穴」の名前の由来は、溶岩洞窟の内部が人の肋骨や乳房の形状に似ていることや古代に人が住んでいたという説がある。現代も残る、233基の石の碑塔群が、その信仰の厚さを物語っています。人穴と遺跡群は現在、人穴浅間神社の境内になり、辺り一帯が深淵な雰囲気に包まれています。

25. 三保松原

三保松原,構成資産

黒松林の続く美しい洲浜がまるで富士山への架け橋のように伸びる景観は古来から人々を魅了し文学や絵画にたくさん描かれてきました。奈良時代には日本最古の和歌集「万葉集」で詠われ、また「羽衣伝説」の舞台として語り継がれました。さらに、江戸時代の浮世絵師・歌川広重による「駿河 三保の松原」をはじめ、以後も富士山を描く日本画の代表的な構図に三保松原は選ばれています。

3. 【信仰の芽生え】河口浅間神社・河口湖・冨士小室浅間神社・山宮浅間神社・富士山本宮浅間神社

現代のように、気軽に富士山に近づくことが出来なかった古代。人はどのように富士山と付き合い、祈りをささげていたのでしょう。古代の富士山にまつわる聖地を回れば、自然崇拝や山岳信仰といった、日本人の奥深くに宿る富士山の姿も見えてきます。

7. 河口浅間神社

河口湖湖畔の賑わいから一歩足を踏み入れるとあたりの空気が一変する場所があります。樹齢千年を超える神木が立ち並ぶ、富士山信仰の原点・河口浅間神社です。”浅間”は一般的に”火山”を表し、「浅間大神(アサマノオオカミ)」は、富士山の神霊そのものを指していると言われています。この神社の地は、富士山の真正面に対峙しながら河口湖に隔てられ、大噴火による膨大な溶岩流から免れたことから、火の神であると同時に水の神とも言われます。

12. 河口湖

河口湖

御坂峠天下茶屋、産屋ヶ崎、大石公園など、「新富嶽百景(山梨県選定)」をはじめ富士山の絶景ビューポイントにその名が数多く連なる河口湖は古代からずっと山麓屈指の富士山の遙拝地だったとみられています。観光地として華やぐ湖畔をゆっくり回ってみれば、富士山を遙拝しながら畏れ信仰し、称え愛でてきた日本人の足跡がそこかしこに確認できます。

6. 冨士御室浅間神社

冨士御室浅間神社,構成資産

冨士御室浅間神社は、冨士山中では最も古くに建立された神社として伝えられ、修験者が集う重要な聖地でした。当初は石柱を巡らせただけの場所で祭祀が執り行われていたらしく、社殿を設けない原始的な形で富士山が信仰されていたことを今に伝える重要な神社です。本殿は国指定の重要文化財として登録されています。

3. 山宮浅間神社

神社にあるはずの本殿や拝殿は無く、富士山を直接に仰ぐ遙拝所として、溶岩を用いた石塁が巡らされています。富士山そのものを御神体とする富士山信仰の原初の形がここには今も残されています。潔いほどに純粋無垢な祈りの空間から仰ぐ富士山は不思議により大きく、またより親しみ深く感じることができるでしょう。

2. 富士山本宮浅間大社

富士山本宮浅間大社,構成資産

全国にある浅間神社の総本宮であり、富士山の噴火を鎮めるための浅間大神を祀ったのが神社の起源です。この大宮の地には、富士山の湧き水がこんこんと湧き出していて、荒ぶる富士山を同じ富士山の水徳でもって鎮めようとしたのが分かります。現在の2階建ての「浅間造り」の社殿は江戸時代に徳川家康により建立されたものです。

4. 【信仰の大衆化】旧外川家住宅・北口本宮浅間神社・富士宮口登山道・御殿場口登山道・須走口登山道

今の富士登山人気のルーツともいえる江戸時代の庶民による「富士講」。現代との違いもありました。まず、富士山への信仰心を根ざしていたということです。もう一つは、富士講の道者たちは麓から山頂を目指していたということです。麓に残る聖地を巡れば、富士山を対象に一般の庶民が築き上げた深淵にして豊かな世界観が見えてきます。

9. 旧外川家住宅

旧外川家住宅,構成資産

上吉田の御師町には最盛期86軒もの御師の家が連なり、町の入り口に建つ「金鳥居」から先は、すでに富士山の神聖な信仰世界とされていました。富士山の麓の聖地がどのように機能していたのか、その御師の歴史と、当時の富士山信仰の豊かな世界観を旧家外川家が伝えています。御師の家の最も大きな特徴として、「神前の間」があります。ここに神殿が置かれ、富士山の神様が祀られています。

10. 旧小佐野家住宅

こちらも旧外川家住宅と同様に御師の家として多くの富士講者を迎え入れてきました。全国でも数少ない社家造りの例として貴重であるとともに、昭和51年に国の重要文化財に指定されました。

1/6. 北口本宮富士浅間神社

北口本宮冨士浅間神社,構成資産

神社の起源は、大和武尊がが東征の折、今の神社から少し登った「大塚丘」で霊峰富士を遙拝したことから、ここに浅間大神を祀ったこととされ、およそ1900年の歴史があるといわれています。富士の遙拝所を示す、木造日本一の富士山大鳥居、荘厳な建築の隋神門や神楽殿、つづいて樹齢千年のご神木を両脇に拝した拝殿が構え、その奥に国指定重要文化財の本殿が鎮座します。

1/2. 富士宮口登山道(大宮・村山口)と村山浅間神社

最も古い歴史がある富士宮口登山道は”表口登山道”とも呼ばれました。村山浅間神社は中世に始まった富士山修験道の拠点となり、山伏が入山する前に身を清めた水垢離場や護摩壇などが残されています。宝永火山にも近い登山道。

1/3. 御殿場口登山道(須山口)と須山浅間神社

神社の創建は寝台の時代にさかのぼると言われています。宝永大噴火(1797年)により社殿と登山道は甚大な被害を受けました。のちに再建復旧され南口登山道として栄えましたが、御殿場口登山道の開通により衰退。現在は登山歩道として整備されています。

1/4. 須走口登山道と冨士浅間神社(須走浅間神社)

延歴の大噴火(802年)の際に須走の地に斎場を設け、祈願したところ噴火が収まり、跡地に神社が建立されたと伝わっています。須走口登山道は東口登山道として栄え、八合目で吉田口登山道と合流しました。現在は五合目から山頂までが構成資産です。

5. 【水の霊場巡り】忍野八海・山中湖

富士山を観光地として、また日本一高い登山の山として親しんできた現代の私たちの中にも、芸術の源泉として、信仰の対象としての富士山は今なお息づいています。山頂へ登らずとも、そんな自分の中の神なる富士山と再会できるのが、麓の水辺を巡る旅です。

13-20. 忍野八海(湧池・底抜池・御釜池・出口池・菖蒲池・中池・鏡池・銚子池)

忍野八海,構成資産

忍野八海(おしのはっかい)は、その名前のとおり8つの池から成っており、8つ全てが構成資産に登録されています。忍野八海付近は、昔は「宇津湖」という湖だったそうですが、延暦19年~21年(800年~802年)の富士山の大噴火の時に流れた溶岩流によって、宇津湖が山中湖と忍野湖に分かれました。水質・水量・保全状況・景観の良さから、昭和60年に、全国名水百選に選定されています。また、新富岳百景選定地でもあり、国の天然記念物にも指定されています。

11. 山中湖

山中湖

一日の中でも絶え間なく表情を変える富士山がひときわ大きな変化を見せるのが「赤富士」です。赤富士は富士山の北東から北側から見るのが最も映えると言われ、湖越しに赤富士を見ることが出来る山中湖は赤富士のメッカとして人気があります。山中湖は富士五湖の中でもいち早く避暑地として開発され、湖畔にたくさんの別荘地や保養所が建てられました。

6. 【山頂へ至る道】吉田口登山道・船津胎内樹型・吉田胎内樹型・山頂の信仰遺跡群

先人たちが、富士山を麓から登ることに意味を見出していたように、その同じ道をわたしたちも最初の一歩から辿ってみることにしましょう。その大きな山体の全体に刻まれた豊かな信仰世界や、日本人の心の象徴とされる富士山の本当のすばらしさが実感できるでしょう。

1/5. 吉田口登山道

現在の富士登山道の中でただ一つ、古の姿を多く残したまま麓から山頂まで徒歩で登れる吉田口登山道。富士山の北口に”吉田口あり”と江戸時代に最も多くの人が六根清浄を唱えて山頂を目指す、富士講の由緒正しき登山道でした。1964年に富士スバルラインが開通し、五合目から下の登山道が急速に廃れていく中、吉田口は守り残され、半世紀後の2013年、富士山の世界文化遺産登録に際し、その一翼を担いました。

21. 船津胎内樹型

江戸時代、普段俗界に生きる人間が神聖な富士山に登拝する前には、まず麓の湖や湧水などの霊場で身を清めていく必要がありました。胎内樹型も重要な禊の霊場でした。胎内樹型とは、j富士山の噴火により誕生した溶岩洞窟群の中でも世界的にも珍しい「溶岩樹型」という種類の洞窟群です。

22. 吉田胎内樹型

吉田胎内樹型は1892年に富士講信者によって発見されました。船津胎内樹型を”旧胎内”、吉田胎内樹型を”新胎内”と呼ぶこともあります。全長61mの最深部に富士山の神様「木花開耶姫」を祀り、普段は非公開で、年に一度の胎内祭でのみ一般公開されます。また周囲には60以上の樹形が点在し、吉田胎内樹型軍として国の天然記念物に指定されています。

1/1. 山頂の信仰遺跡群

富士山頂の信仰遺跡群

富士山の山頂は巨大な噴火口をとりまく峰でできています。現代の吉田口と須走口登山道は、このうちの「久須志岳・久須心神社」に至り、ゴールとされています。しかし、江戸時代の富士登拝には、まだこの先が残されていました。まず、この噴火口こそが「内院」と称される富士山最大の聖域で、大日如来(浅間大神・浅間大菩薩)が座すといわれました。峰の中で最高峰の「剣が峰」の頂が富士山3776mのピークにあたります。現在でも崩落などの影響により、いくつかの峰は回避しているものの、火口の周り約3㎞を一周する「お鉢巡り」ができます。麓から一歩一歩登ってきた後であれば、なおさらかつての信仰の人が目にしていた霊峰の偉大な姿に触れることが出来るでしょう。

7. まとめ

「富士山世界文化遺産の構成資産25か所を一挙公開!」はいかがでしたでしょうか。富士山が世界文化遺産として登録されたのはその山体のみではなく、富士山の歴史や周辺の自然など多くの資産があってこそ。

富士山の世界遺産登録は、富士山という自然の営みに宗教性、芸術性を見出してきた日本人の自然観や文化観が国際的に認められたからであり画期的なことでした。

近年、富士山とその周辺は観光地化してきていますが、世界に誇る富士山の姿を後世に伝えていくためにも構成資産の一つ一つを守っていく義務があると思いました。

 

 

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