【北口本宮冨士浅間神社】婚活女子に大人気!全国有数の恋愛パワースポット。

北口本宮冨士浅間神社

北口本宮冨士浅間神社は全国にある浅間神社の一社。

神社・・・それは、日本固有の宗教である神道の信仰に基づく祭祀施設のことを指し、日本全国には約85,000の神社があります。その中でも富士山信仰の象徴たる神社「浅間(せんげん)神社」をご存知でしょうか?

富士吉田市下吉田にある浅間神社はコチラ:【小室浅間神社】 流鏑馬(やぶさめ)神事が有名な全国にある浅間神社の一社。

富士山麓を中心に多く分布する浅間神社は、富士山の噴火を鎮めるために富士山を神様として祀った神社なのです。日本国内には1316社あるとされています(山梨県内38社)。中でも富士山本宮浅間大社(浅間大社)は最も古くに建立され、全国に数多くある浅間神社の総本宮です。

今回ご紹介する北口本宮冨士浅間神社は、景行天皇40年(西暦110年)に日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が遠征で当時の大塚丘に訪れたことで有名な浅間神社です。富士山の神霊を遙拝され「富士の神山は北方より登拝せよ」と勅(みことのり)されたことにより、祠を建てて祀ったと言われています。

北口本宮冨士浅間神社

北口本宮冨士浅間神社は富士山が世界遺産に登録されたときに「構成資産」の一つとして選ばれています(全25か所)。古代から現代にいたる山岳信仰を考える上で重要であることから、8合目以上の山頂部や登山道等を含め史跡に指定されています。

また、境内は特別名勝の一部に含まれ、16~17世紀に建造された社殿群は重要文化財に指定されています。

本殿へ続く参道の苔むした石灯籠から歴史のぬくもりが伝わる。

北口本宮冨士浅間神社は、富士山吉田口登山道の起点にあたる諏訪の森に鎮座しています。富士山駅から御師の家が立ち並ぶ富士道(国道137号)を富士山方向へ登っていき、国道138号に突き当たったら左折。すると右手に神社参道の大きな鳥居が見えてきます。

実際に御師の家を見学できるのはコチラ:【御師旧外川家住宅】 富士山信仰を支えた現存する御師の家を見学できる。

北口本宮冨士浅間神社

境内には、国の重要文化財に指定されている本社本殿・摂社東宮本殿・同西宮本殿の三棟をはじめ、県や市の文化財指定を受けている拝殿・幣殿および神楽殿・書院等があります。

北口本宮冨士浅間神社

そこに続く参道の入り口には木造の大きな鳥居があり、扁額には「冨士山」の文字が。ちなみに、ワカンムリの「冨士山」の文字が使われている理由は諸説あります。いずれにしても富士山の「富」の1字を山そのものに見立てた説で、神域に人が足を踏み入れることを戒めるものとされています。

北口本宮冨士浅間神社には大きな鳥居が二か所にありますが、この鳥居は神社の第一鳥居です。

北口本宮冨士浅間神社

その第一の鳥居をくぐると、なが~く続く参道が。荘厳な雰囲気からか、空気が変わるというかこの辺りから神秘的な何かを感じ始めます。

北口本宮冨士浅間神社

およそ400mの参道の両側に立ち並ぶ、苔むした石灯籠は一つ一つ形が違います。石灯籠の脇には、樹齢100年以上の見事な杉の巨木が。

木々の間からは日の光がこぼれ、鳥のさえずりが響き渡ります。

北口本宮冨士浅間神社

参道を歩いていくと、進行方向に向かって右側に「角行の立行石」と呼ばれるしめ縄のかけられた岩が見えてきます。

江戸時代に栄えた「富士講」の開祖「角行(かくぎょう)」がこの地から富士山を遙拝し30日間の荒行(つま先立ちの修行)をしたそう。富士山信仰が広まるもとになった人物にふさわしい逸話がこの石に記されていました。

北口本宮冨士浅間神社

さて、長い参道を抜けると朱色の大鳥居が姿を現します。鳥居の前には禊川(みそぎがわ)が流れ、参拝前に水に両手を浸して身を清めるのもいいかもしれません。

北口本宮冨士浅間神社

高さ約18m、幅約11mという大きさをもつ冨士山大鳥居は、日本最大級の歴史ある木造鳥居です。60年をもって式年と定めて修復します。現在のものは昭和27年に再建されました。

北口本宮冨士浅間神社

逆光で見づらいですが、こちらは「隋神門」と呼ばれる大鳥居に続く第二の入り口です。この門には彫刻意匠が多く施されており、装飾性に富んだ建物です。

天井は高く、太い柱とともに参詣者に厳かな印象を与えます。浅間神社の表入口を守るにふさわしい門となっています。

祭神:櫛磐門戸神(くしいわまとのかみ)、豊磐門戸神(とよいわまとのかみ)

北口本宮冨士浅間神社

こちらの手水舎は重要文化財に指定されています。竜や獅子といった彫刻類、富士山の溶岩から削り出された巨大な水盤石など境内随一の装飾性の建物です。

北口本宮冨士浅間神社

青銅の竜の口から出る湧き水は、富士山信仰の霊場であり富士八海の一つとして数えられた「泉瑞(せんずい)」から引き込んだ霊水が現在も絶え間なく流れ出ています。

北口本宮冨士浅間神社

山梨県指定天然記念物の「冨士太郎杉」。

子宝・安産祈願、開運・金運招福のご利益があるといわれています。根の張りが異常に発達していて、根回りは約21mもあるらしいです。

浅間神社には、昔は御神木が4本ありましたが、現存する3本のうち冨士太郎杉は第一神木です。本殿に向かって左側にあります。

北口本宮冨士浅間神社 北口本宮冨士浅間神社

富士吉田市指定天然記念物の「冨士夫婦檜」。

この木は2本のヒノキが根元で1本になり、また地上12mで再び合わさっていることからこの名前が付けられ、広く市民に親しまれています。

合着木ではありますが、県下で最大のヒノキであり、市内の代表的な巨樹です。第4神木の冨士夫婦檜の樹齢は、冨士太郎杉とともに1000年と言われています。

北口本宮冨士浅間神社 北口本宮冨士浅間神社

本殿は1615年の建立で、桃山様式の建築です。

主祭神の「木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)」はとても美しい女神であり、安産・子授・火防・殖産興業の神として祀られています。古くは養蚕や酒造の神でもあり、最近は美容・子育ての神としても注目を浴びるようになりました。

北口本宮冨士浅間神社 北口本宮冨士浅間神社,登山門

本殿に向かって右奥へ進むと、「富士北口登山本道」という文字と木造の鳥居が。この鳥居は吉田口登山道の起点である「登山門」です。ふじさんの歴史ある登山道のなかで今も唯一、麓から登ることが出来ます。富士山の御山開きの前日には古式ゆかしい「御道開き」の神事が執り行われます。

この先へ進むと日本武尊のゆかりの場所「大塚丘」があります。

西暦110年、日本武尊が東征の折に立ち寄り、「北方に美しく広がる裾野を持つ冨士は、この地より拝すべし」と言葉を残したと伝わっています。北口本宮冨士浅間神社の発祥の地として、現在では大和武尊が祀られ、パワースポットとしても人気があります。本殿からは少し離れた場所にあるので、お時間ある時は是非立ち寄ってみてください。

地主神と伝えられる重要文化財 諏訪神社

諏訪神社

諏訪神社本殿は1927年に焼失し、同51年に再建されました。本殿は1736年に村上光清を中心とした富士講により建立されたと言われています。建築様式から見ても村上光清の大改修による建立と言えます。

現在では浅間神社が所管している諏訪神社も、中世には当地の拠点となる神社があった。浅間神社の広大な神域を包む森を「諏訪の森」と呼ぶのもこうした歴史によるものです。江戸時代の名残を伝えるのは諏訪神社拝殿のみで、当社の歴史を語るうえで欠くことのできない建物です。

諏訪神社

☝”御山さん”あるいは御影と呼ばれる富士山をかたどった神輿「御山神輿(おやまみこし)」

諏訪神社

☝明神神輿

吉田の火祭りでは現在、浅間神社と諏訪神社両社の祭りで富士山の山じまいの風物詩となっていますが、もともと諏訪神社の祭りといわれ、諏訪の祭神を地元住民が手に松明を持って迎えた故事に基づくとされています。

北口本宮冨士浅間神社 まとめ

北口本宮冨士浅間神

今回ご紹介した歴史ある建造物の他にも、県や市から重要文化財に指定されているものや歴史上とても重要な意味を持つ場所がたくさんあります。北口本宮冨士浅間神社はとても広大なので是非時間をたっぷりとって行ってみてください。

先にもお伝えした通り、北口本宮冨士浅間神社には木花開耶姫命や日本武尊が祀られていたり、冨士太郎杉・富士夫婦檜のご神木が立ち並ぶなど、全国的にも名実ともに有数のパワースポットです。

特に木花開耶姫命とその夫・彦火瓊瓊杵尊(ヒコホノニニギノミコト)の神話が有名。木花開耶姫命は素晴らしい美貌の持ち主だったため、夫の彦火瓊瓊杵尊は一目ぼれ。火中での見事な出産に激しく情熱的なパワーと深い愛を示しました。

こういった背景もあり、北口本宮冨士浅間神社は女神やご神木、日本武尊のパワーが強く渦巻くスポットとして注目されています。全国から婚活女子などの出会いを求める人たちが多く訪れるそうです。

恋愛成就・縁結び・安産・強い運気を呼び入れる最強のパワースポットに是非足を運んでみてくださいね。

北口本宮冨士浅間神社