富士五湖は世界文化遺産の構成遺産であり、富士山のビュースポット。
みなさんは、富士山の北麓に存在する5つの大小異なる湖をご存知ですか?
これらの湖の特徴として、それぞれが富士山を望む絶景スポットとして人気があります。もちろん富士山のその存在の大きさありきなんですが、5つの湖から見る富士山や湖面の表情は少しずつ違ってきます。湖の大きさが違えば水深も変わってくるように、雰囲気や趣、富士山の見え方もそれぞれの湖によって異なります。
今回は富士五湖それぞれの特徴を詳しく解説し、それぞれの魅力を知っていただきたいと思います!

1. 富士五湖は富士山の噴火によって形作られた”堰止湖”だった?
2. 【西湖】富士山の大噴火がもたらした、太古の海と現生の森。
3. 【精進湖】ジャパン・ショージと世界が讃えた、霊峰富士に抱かれる水景色。
4. 【本栖湖】湖底の水中遺跡が物語る、霊峰富士と日本人とのつながり。
5. 【河口湖】古代から日本人の心をとらえてきた河口湖からの富士。
6. 【山中湖】千年以上、日本人の心をとらえてきた富士山と湖がおりなす風景。
1. 富士五湖は富士山の噴火によって形作られた”堰止湖”だった?!
そもそも、富士山の麓に佇む「富士五湖」はどのようにしてできたんでしょう。「湖がどのようにしてできたか」なんて知ったこっちゃ無い話ですが、富士五湖に関して言えば非常に興味深く、明確な理由があります。
富士の北麓に点在する5つの湖は、山中湖・河口湖・西湖・精進湖・本栖湖といいます。これらすべて、富士山から流れ出した溶岩によって麓を流れていた川が堰き止められてできた湖なのです。
つまり、典型的な「堰止湖(せきとめこ)」と表現するのがふさわしいでしょう。ただ、湖となった経緯は同じだとしても、それぞれの性質や水深、面積はもちろん異なります。
富士山の噴火について詳しくはコチラ:【富士山の形成】 現在の美しい姿に形作られるまでの噴火の歴史を解説します。
こうして、度重なる富士山の噴火とともに富士五湖も様々な歴史的変遷をたどってきました。現代の富士五湖は、レジャー向きの湖もあれば、富士山を線対称に映し出す美しい湖まで様々で、どれをとっても美しさのたまものであることは間違いなく、自然のすばらしさを改めて感じさせられます。
約1707年の宝永の噴火以来、富士山は噴火活動を停止して、約1千年間の間その美しさの中に沈黙を守り続けています。
2. 【西湖】富士山の大噴火がもたらした、太古の海と現生の森。
富士五湖の中でも、青木ヶ原樹海に接する西湖の周辺は、富士山の噴火活動が湖と森を誕生させた頃の太古の風景が今も息づいています。
西暦864年の貞観の噴火より以前、富士山北西麓には「セの海」という一つの大きな火山性湖が広がっていました。さらに5000年以上前にはもっと大きな「古セの海」が広がっていたとみられています。
☝西湖と青木ヶ原樹海
まず、古セの海から本栖湖が分かれ、さらに1200年前の大噴火による大量の溶岩流が「セの海」を二つに分断します。西湖と精進湖を誕生させました。そして埋め尽くされた広大な溶岩流の上に、約1200年かけて育った現生の森こそが青木ヶ原樹海です。以来、噴火による地形の変化はほとんど無く、湖と森は10世紀の時の流れをそのまま讃えています。
西湖の北西岸に「根場浜」という景勝地があります。浜辺に立つと、正面に望む富士山から樹海の森をつたい湖水があふれ出てきているように見えます。足元に打ち寄せるさざ波はとても静かで清らか。鏡のような湖面に、「逆さ富士」を見ることも出来ます。
また、西湖はその透明な湖底でヒメマスやフジマリモなど、希少な生命を育んでいます。その象徴が2010年に発見された「クニマス」。一度は絶滅されていたとされる田沢湖の固有種が西湖の湖底でひっそりと生き続けていたのです。
一方、湖畔から森に足を一歩踏み入れれば、そこは火山たる富士山を内側から覗いた世界。むき出しの溶岩に生き物のように絡みつく樹々の根。神秘的な森を覆う苔の絨毯。芽吹きの季節や紅葉の頃富士山の現生は美しさを極めます。
☝鳴沢氷穴
西湖周辺に点在する、「竜宮洞窟」「西湖コウモリ穴」「西湖野鳥の森公園」「富岳風穴・鳴沢氷穴」等、観光名所を結ぶ散策路を利用すればそんな樹海の森を手軽に散策できてしまいます。
のちに富士山信仰が繁栄する時代、西湖には「青木竜神」の別名が缶されていました。その誕生時からずっと、西湖の樹海の森は切っても切れない関係にあります。
3. 【精進湖】ジャパン・ショージと世界が讃えた、霊峰富士に抱かれる水景色。
古代、麓に広がっていた巨大な”海”から後に分かれて誕生した精進湖は、周囲およそ5㎞と五胡の中で一番小さいのが特徴です。そして、最もプランクトンが豊富で、そのぶん透明度は浅く湖水は緑色をしています。湖に流れ込んだ溶岩流の様子を観察できる景観も独特の魅力になっています。
西湖・精進湖・本栖湖が、元は「古セの海」という一つの大きな湖だったことの裏付けとして、3つの湖は現在も常に水位が連動しているといいます。さらに、台風や大雨で精進湖の水位がある程度以上に上昇すると、近くの湿地帯に富士五湖に次ぐ第六の湖が出現します。幻の湖と言われる「赤池」です。これらの現象は、湖同士が地下でつながっていることを推測させるものです。池の出没時、水に沈む湿原の幻想的な眺めは、富士山誕生のロマンだと言われています。
富士五湖が、富士山の噴火活動で誕生した火山性の堰止湖という、似通った生い立ちでありながら、それぞれ違った個性に富むことも富士山のスケールの大きさを物語っています。
富士五湖の中で最も小さい精進湖ですが、五胡の中で最も早くその名を国外に広めた富士山の湖と言えるかもしれません。明治時代、イギリス人のハリー・スチュワート・ホイットウォーズは一年がかりで富士山麓をめぐり、特に精進湖からの富士山の眺めを”東洋のスイス”と称え、”ジャパン・ショージ”の名で世界に紹介しました。
☝子抱き富士
また湖の北西岸の景勝地「他手合浜(たてごうはま)」からは、「子抱き富士」と親しまれる富士山が望めます。手前にある大室山を富士山が抱っこしているように見えることからこの呼び名がつけられました。大室山は富士山にたくさんある側火山のひとつ。噴火を繰り返してきた富士山を象徴する風景として眺めてみると感慨深いものがあります。
精進湖の名の由来は、富士山に登る前に沐浴し精進潔斎がされたためという説や、富士山の「背地(せのち)」にあたるため、など諸説あります。
4. 【本栖湖】湖底の水中遺跡が物語る、霊峰富士と日本人とのつながり。
波の穏やかな湖面に富士山の姿がくっきりと映し出される「逆さ富士」は古くから多くの人々に愛されてきました。富士五湖全てで見ることが出来る絶景で、江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎の冨嶽三十六景など、絵画や文学作品にも描かれています。
なかでも、五胡の中で最も深く、瑠璃色の湖水と称される本栖湖の逆さ富士は、主に春の凪の日など、年に数回ほどしか見ることが出来ません。また”千円札と旧五千円札の富士山”に採用されていることでも有名です。
有史以前の古代はどうだったんでしょう。富士五湖の周辺では、古くは縄文時代から古墳時代、奈良・平安時代の遺跡が多く残っています。 それは荒ぶる火の山を恐れながらも共存し、麓に豊かにもたらされる水を求めて人々が住み着いていた証です。
古代の巨大な海「古セの海」から最初に分かれて誕生した本栖湖。その湖底から水中遺跡が見つかっています。富士山の噴火の影響で集落が水没したものとされていて、主に古墳時代初頭の壺や盃、縄文時代のものとみられる土器や石器も見つかっている。
何度湖や村が水没しようとも、繰り返し富士山の麓で生きることを求めてきた古代の日本人も逆さ富士の魅力に引き込まれていたのかもしれません。
本栖湖北西岸の登山道を登ると、「湖畔の春」の撮影スポットとみられる中野倉峠があります。本栖湖の広がり、手前の竜ヶ岳、そびえる富士山の高さと稜線の美しさ、逆さ富士を映す湖の深みが、絶妙な調和を持って望めます。
5. 【河口湖】古代から日本人の心をとらえてきた河口湖からの富士。
☝河口湖大橋から見た富士山
御坂峠天下茶屋、産屋ヶ崎、大石公園など、「新富嶽百景(山梨県選定)」をはじめ富士山の絶景ビュースポットに多く登場する河口湖は、古代からずっと山麓屈指の富士山の遙拝地だったとみられています。
湖周辺からは「鵜ノ島遺跡」をはじめ、縄文遺跡~平安時代の遺跡も多く見つかっており、その歴史は有史以前にさかのぼります。また中世には、富士浅間信仰の北麓の玄関口となり、そのため千年以上の関市を持つ古社が河口湖周辺には2社もあります。
江戸期の「富士山道しるべ」では、”甲州第一の大胡”として河口湖からの富士山の眺望が称えられています。古代には富士山は登る山ではなく、仰ぎ見る霊山でした。噴火が鎮まり、信仰という形で富士登山の幕が開いてからも、遠くから望む富士山のすばらしさを日本人は称え続けました。荒ぶる神山から白肌まぶしい女神の山となった富士山を、麓の湖水や桜といった山麓の美しい自然ともに愛される好展望地が河口湖でした。
太宰治の「富嶽百景」、谷崎潤一郎の「細雪」をはじめ、松尾芭蕉の「野ざらし紀行」、田中冬二の「スープに浮かんだ富士」、中村星湖の「少年行」といった名だたる作家・文人の句碑も湖畔を中心に点在しています。それらの作品を手に、改めて湖畔から富士山を望んでみればこの眺めが、古来からいかに深く日本人の精神性に根付いていたかわかる気がします。
☝カチカチ山ロープウェイ
それは今も変わらず桜や紅葉が盛りの季節、湖畔に点在する絶景の聖地には、カメラを手にした人たちが湖と霊山の輝くコラボを収めようと集まってきます。
6. 【山中湖】千年以上、日本人の心をとらえてきた富士山と湖がおりなす風景。
空気の澄んだ夏の明け方、青黒く浮かび上がる富士山のシルエットに朝日が当たり始めると間もなく、富士山の地肌全体が輝くように赤く染まります。葛飾北斎が「凱旋快晴」に描いた「赤富士」です。
一日の中でも絶え間なく表情を変える富士山が、ひときわ大きな変化を見せる瞬間です。赤富士は富士山の北東から北側から見るのが最も映えるといわれ、湖越しに富士山を見ることが出来る山中湖は、赤富士のメッカとして人気があります。その昔、山中湖を巡礼した富士講の道者もこの赤富士を眺めたことでしょう。
富士山信仰の時代にも、麓の湖はどこも”聖地”でした。富士講の修行道「内八海巡り」において、山中湖は”作薬龍神”が祀られました。
やがて富士講の衰退により、それぞれの湖を守護する龍神の名もだんだんと忘れられ、富士五湖は富士山の観光地として発展していくことになります。なかでも山中湖はいちはやく避暑地として開発され、湖畔にたくさんの別荘地や保健所が建てられました。
高浜虚子、徳富蘇峰、堀口大学など文学者の足跡も刻まれました。詩人の金子光晴は山中湖の平野に疎開中、疎開から望む富士山に戦時中の様々な思いを馳せながらその美しさに開眼していきました。江戸時代の巡礼者も昭和の文豪も仰いだ、同じ富士山に出会うことが出来ます。
湖面に映る逆さ富士、夏の早朝の赤富士、ダイヤモンド富士といった富士山の自然現象に心ひきつけられる私たちの奥底にも、変わらぬ”神なる富士”が息づいているのかもしれません。
富士五湖まとめ。
ここまで富士五湖すべての湖をご紹介してきました。ご覧いただいた通り、富士五湖5つが5つとも形や性質が違い、季節ごとに魅せてくれる表情や趣も違います。湖で釣りやスタンドアップサーフィンが出来たりすれば、遊覧船やジェットボートが走っていたり。
湖水の澄んだ美しさは言うまでもありませんが、5つの湖それぞれが独特の雰囲気を持っています。富士山が見せてくれる表情の中で特に人気なのが、「逆さ富士」「赤富士」「ダイヤモンド富士」の3つ。時期や天気によって見え方が変わってきますが、湖を富士山との間に挟んで眺めることで、日光の反射や波の動きで”富士山の絵”に動きが加わります。
富士吉田市から一番アクセスしやすいのは河口湖です。富士山駅から片道240円で10分ほどで到着します。河口湖の最寄り駅である河口湖駅には、平日・休日関係なしにたくさんの観光客で溢れかえります。それほど注目される富士五湖です。できれば多くの人に5つすべての湖をまわって欲しいなぁと思います。





